牧野修さんファンサイト ヴァーチャルヘヴン 

ねこちさんと管理人in a giant melon
(2005.9.20. uploaded)



ケダ(管理人): こんにちは。
 どなたに向かって挨拶しているのか不安ですが、今年の6月15日で、拙サイトは5周年を迎えた模様です。
 それをひとり勝手に記念しまして、この牧野さんファンサイトの掲示板経由で知り合ったお友達第1号ねこちさんに、今回は牧野さんのコアなファン像(の一つ)を見せていただこうと、インタビューというかおしゃべりをお願いしました。

 実は、もうずいぶん前(ただしこのサイトができてからだから、5年以内の昔)、掲示板にねこちさんが、牧野さんの小説に対する飢餓感があるっていうか、(牧野作品に対する)欲求が切実というようなことを書いておられて、すごく印象に残っているんです。欲求のツボとか方向性は全然違うのかもしれないのですが、「あ、わかる」と思ったので。わたしはあまり自分の好きなものについて他の人と話をしてみたいと思わないのですが(心が狭いから)、今回はぜひいろいろうかがいたいな、と思っています。

 それではねこちさん、よろしく お願いいたします(すりすり)。

ねこち: こちらこそよろしくお願いします。なんか緊張しますね。ドキドキ
 それから、サイト開設五周年おめでとうございます。というか、ヴァーチャルヘヴンにはずっとお世話になっています。ネットを始めたばかりで、検索のスキルも殆どなかったわたしが過去の作品を集めたりするのにものすごく頼りになりました。

 ありがとうございます。
 ではまず、牧野さんの小説との出会いについてうかがいたいんですが、ねこちさんが牧野さんの小説に出会ったのはいつ頃、どの作品でした? そして、それ以前にはどんな本を主に(傾向として)読んでおられました?

  恐れ多くもコアなファンとか紹介していただいちゃってますが、わたくしファンとしては新参者で。
  1999年頃、なんか軽く読める短編集みたいなのがないかと思って、まったく予備知識のないまま『SFバカ本だるま篇』(文庫)というのを買ってみたら、そこに載っていたのがあの奇っ怪な「踊るバビロン」楽園の知恵所載】でした(軽く読めるもの、と思ってそういうのを選んでしまうあたりがなんだかなあという気もしますが)。
  そしてそれとはまったく別に、異形コレクションシリーズのいくつかも買い始めるようになっていたのですが、『悪魔の発明』の中に「<非−知>工場」忌まわしい匣所載】が入っていまして。他に載っていた作品群とは全く異なる種類の怖さというか、金臭さが直接伝わってくるようで、物凄くインパクトがありました。で作者名見たら、あ、この前読んだのと同じ人だ、と(笑)。

  当時は活字中毒というわけではなく、ごく普通の本屋に行って面白そうなのが店頭にあればたまに買う程度でして、量を読んでないから読書傾向もなにもあったものじゃなかったような。強いていえばホラー系?

 5年前にあの世界が滅びる話からスタートする5周年記念って素敵!
  いや、しかし、なるほどなあ。
 怖さもそうですが、なんか生理的に訴えてくる(きてほしくないのに!)ものがありますよね。「ヨブ式」ファントム・ケーブル所載】のかみそりで切られる痛みとか、『病の世紀』のあれこれとか……。

 さて、では短編で「お!?」とひっかかって、牧野修を意識して最初にお買い求めになった単行本はどれですか?

  『屍の王』『偏執の芳香 アロマパラノイド』だったと思います。ちょうど牧野さんの本が立て続けに出るようになった時期で。『屍の王』は偶然見つけて買ったのですが、それ以後、書店で見かけたのは一度しかありません。ラッキーでした。そして著者近影をみて、どういう人なんだろう、と、作品の他に作者にも興味が湧いてきました(笑)。幾つか読んだ短編以外には情報がまったくなかったので、「ホラー作家って、こういうことをするものなのか」とか。『偏執の芳香』は、いわゆる電波系の描写にぶっ飛びました。

 あー、わたしも『屍の王』は偶然書店で見つけたって感じでした。これではまったというより墜ちたって感じの一冊で、買ったときの状況を今でもものすごく鮮明に覚えています。
 著者近影はそれだけで一つのお話になっていますよね。読者(観客かな)の頭の中だけにページが開いちゃうお話。

 牧野さんの小説に対する飢餓感や切実な欲求の話に戻りますと、わたしの場合は、「こういう小説があってよかったなー」と自分の肩を叩いてやりたいような気がしています。
 ねこちさんがいろいろ牧野小説をお読みになってみて、「これぞ牧野小説におけるわたしの切実のツボだ!」と感じるのはどのあたりですか?

 難しい質問ですね。色々自分でも考えるのですが言葉にするとなんだか違うような…

 すみません、変な質問で。(^^ゞ

  一番抽象的なレベルでいうと、「ああ、こういう世界の切り取り方もありなんだ」とか「役に立たないもの、くだらないもの、声の小さいものも存在してていいんだ」と思わせてくれるところ、かな?
  少なくともこういうことを考えて作品として具体化している人がいるという事実だけで、無神経で不寛容でエラソーな現実世界の中で少しは息ができるな、という感じ。

  もう少し下位レベルでは、情緒や雰囲気に流されない幻想の論理の力強さ、でしょうか。頼もしいんですよ。牧野さんの作品世界は。現実は凡庸ですが強固なので、なまじのヤワなイメージを寄せ集めただけではちゃんと(こらこら)現実逃避できません(笑)。

  さらに具体的なレベルでは、それこそ、命名センスとか、言葉と言葉の間の圧力、みたいなものが単純に気持ちいいです。

 うーん、すごい!(羨望) 「幻想の論理の力強さ」かあ。
 牧野さんご自身はインタビューなどで、(正確な再現ではありませんのでご了承ください)SFの血ゆえに「説明」をつけたくなる、というようなお話をなさっていたような。不思議や怪異をそのまま投げ出すのではなく。そんなところをちゃんと感じとっていて、しかも自分の言葉で説明できるねこちさんは、やっぱりコアなファンですよ、うん。

 牧野さんの作品の中で、一番よく読み返すもの、読み返さないかもしれないけど、よく頭の中によぎるもの、反芻しちゃうもの(作品でも登場人物でもシーンでも)ってあります?

  そのときによって違うのですが、今思い出したのは『だからドロシー帰っておいで』で小さい天女(でしたっけ?)がたくさん降ってくる美しいシーンです。あ、なんか上の問いの答えと全然リンクしてない(笑)。

 この本、大好き!
 えっと、クビツリの想い出話のところでしたっけ。うんうん、あそこ、素敵ですよね〜。そしてこの本は、『王の眠る丘』『忌まわしい匣』を同時に楽しめるようなお得な1冊ですよね(あれ、違う?)。
 絵にしたいようなファンタジーの世界がたくさんあって、そういうシーンはわたしもとても好きです。

 同時に楽しめる!! 確かに。
 あのシーンが特に印象に残っている理由は、それまで、牧野さんは、グロテスクなもの、おぞましいものを異様な迫力で描くけれど、美しいものを美しいままに描く、というのは意外と少なかったような印象があるんです。ドロシーは、そこをぽっと描いてしまった。でも、異世界の異形の住人たち、そしてそれにリンクする現実の凄惨な場面、というのが書き込まれているから、逆に、あのシーンがすごく生きている、というか。これはわたしの勝手な思い込みかも知れないのですが、美しいものを美しく描くことに対する照れみたいなのが振り切れたんじゃないのかな、とか漠然と思いました。

 ふむふむ。
 いきなり月並みな質問になりますが、一番好きなキャラっていますか? わたしは、最初にひっかかった作品が『屍の王』ですから、もちろん草薙はすごく好きだけど……ミロクかな、やっぱり。いじめたくなるほどかわいい(笑)。かっこいいなあ、と思ってるのは、アトムですね。『黒娘』よりも短編「もっと素早く子猫ちゃん」*のほうの。

 牧野小説に関してはあまりキャラ読みというのをしないのですが、強いてあげると、『傀儡后』のマーシーとか、「踊るバビロン」のポー先生とか、ヘンな奴が好きです。(殆どの登場人物がヘンといえばヘンなんですけど(笑)。
  強い系だと蠅さんかな。いい加減ぽいところが好き。

 あ、『傀儡后』だったら、蓮元と夷に萌え萌えです。タロウちゃんもかわいいけど。いじめたくなるほど<またか。『王の眠る丘』は、好きなキャラっていうか「ああいうかっこいい人になりたい」と思う登場人物がいっぱいでした。妄想のロールモデルとしては蒼馬天将軍、現実的には鉄輪さんのようなおばちゃんになりたい。これにもタロウさんが出てきますが、やっぱりかわいいです。こっちのタロウさんはいじめないで大事にしてあげてください(誰に言ってるんだか)。

 ところでわたしはわりと、牧野さんの作品を読むときって、自分がベスト・コンディションに来るまで待つほうなんですが、ねこちさんは、出たら即食いつくタイプですか?

 即食い、のはずなんですが、今積読が増えてしまってちょっと滞っています。自分の場合、翻訳小説は、さあ読むぞ、というキアイが必要になるので取り掛かれるコンディションになるまで待ちますが、オリジナル日本語の小説に関してはそういうことはあまりありません。
  あと、アンソロジーとか雑誌への掲載とかの場合には、おいしいものを最後にとっておく要領で、他の作品を読んでから、と後回しにすることもあります。

 ねこちさんももちろんそうですが、牧野さんのコアなファンって、当然というかなんというか、牧野さんご自身が愛読していらした本とか影響を受けたとおっしゃってる作品を好んで読んでおられたりしますね(わたしはそのあたりもちょっとずれているので、お恥ずかしいのですが)。たとえば、こういうのとか、澁澤龍彦さんとか山尾悠子さんとか……。
 ねこちさんにとって、牧野さんと同じような成分のもの、成分はともかく同じような作用を(ねこちさんに)及ぼすものって、何があります?

 同じような成分、というよりベースとなっている大きな部分は筒井康隆さんだと思うんです。 牧野小説を受け入れる素地になっている、という意味で。
 先ほども申し上げましたが、わたしは結構年いってから牧野さんの小説に出会ったわけですが、こういう小説の読み方は予め知っていた、という感じでした。


 (羨望again)

  もともと奇想小説みたいなのが好きで。それも、全体の雰囲気は暗いのに(←ここ重要)、一歩引いた視点で、笑えるようなタイプのものが趣味です。若いころボリス・ヴィアンにハマりました。カート・ヴォネガットも好きです。あ、ヴォネガットは雰囲気暗くはないんですが、底にペシミスティックな世界観がある感じ。

  牧野さんの小説には、全く異質な論理を有する他者とのディスコミュニケーション、そしてそこから生ずる怖さ、または可笑しさ、みたいなのがよく描かれると思うんですが、その点に関しては、吉田戦車のある種の作品と感触が似ているような気がします。

(例:火星に旅行に行った老夫婦がホテルに泊まると、「重いよ」「でもせっかく地球の人が来てくれたんだからがんばらなくちゃ」とか囁き声が聞こえてきて、落ち着いて眠れない。実はホテルの建物を、小さな火星人たちが地面から浮かせて支えている。その行為にどんな意味があるのかは不明。)

 わ、それ、ものすごく面白そう!

 あと、現実に対抗するための幻想、ということで言うと、日本の現役の作家では、笙野頼子さんの作品が好きです。(この人も筒井チルドレンの一人ですね)。この方は、「戦う純文学作家」というスタンスを敢えて取っていて、かたや牧野lさんはエンターテインメント作家であることに自覚的ですが、この二つは相反する態度ではないと思います。作者の側にはそういった自分が選び取った枠、としてのジャンル意識は必要でしょうから。読者としては、作品に向きあう、それだけです。

 あー、なんか羨ましいなあ(笑)。(ていうか、わたしは本を読んでなさすぎ)
 ところで、最初のほうで、牧野さんとの接点になったのは「強いていえばホラー系」とおっしゃってましたが、ねこちさん、SFも結構読んでらっしゃいますよね? (SFというジャンルを意識して選んでおられるかどうかは存じ上げないのですが) 筒井さんから連なる奇想の人々としての牧野さんの作品で、「ああ、SF!」と意識して読んだものってありますか? それとも全般に、「ああ、牧野小説!」って感じでしょうか?

 やはり「ああ、牧野小説」って感じですね。ただ、『MOUSE』を最初読んだときは、ご多分にもれず(笑)「おお、サイバーパンク、カッコイイ!!」と思いました。何度か読み返してみると、やはり牧野小説としか言いようがないのですが。
 逆に、ホラーの方が、ああ、ホラーだ、と感じます。というのも、牧野さんはホラーの場合はわりとフォルマリストというか、かなり様式に則って端正に書かれているような気がするからです。特に『屍の王』とか、かまいたちの夜2の「陰陽篇」なんかは構造が美しいです。

 勉強になります。
 そうか、『MOUSE』ってサイバーパンク(とゆーもの)なんだ。

 なにか牧野さんに小説にしてほしいモチーフみたいなもの、おありですか?

 わたしの貧弱なアタマでは、新しいモチーフなんてとてもとても思いつきません。多分、牧野さんが新作を書かれてから、おお、こんなものが小説に!!と驚くだけだとおもいます。あ、ケダさんお気に入りのアトムの少女期の外伝的な話は読みたいかな。読みたいでしょ?(とふってみる)

 んとね、アトムは最初から大人だったの。年もとりません←決めてるし。どっちかというと、あきらかに生身のなまぐさい人間のウランちゃんのほうが知りたいような、知りたくないような……。知りたいですか?(とふりかえしてみる)

 ええー、生身とはいってもウランのほうがヒトデナシ度高くないですか? アトムには物語があるけれど、ウランは「今」しかないペラペラのハイテンションっぷりが魅力だからなあ。あ、でも「キル・ビル」のオーレン・イシイのエピソードみたいに徹底的に戯画的でむちゃくちゃなら面白いかも。

 ところで、牧野さんには短編集が結構ありますが、読む人によって「ひっかかり」つまりは「分類の鍵」みたいなものがあると思うんですけど、ねこちさんが牧野さんの作品を集めて1冊、自分用の作品集を作るとしたら、どんなのを集めます? 短編集ってことじゃなく、長編も含めてくださって結構です(分厚くなるけど(笑))

 わりと、『忌まわしい匣』『楽園の知恵』に入っている短編が好みのツボなのですが、かなり重なってしまうので、まあコンセプト・アルバム的なものを。長編は入れないかわりにj連作短編もバラして。敢えて別テーマの2冊で。

1)≪黒い少女趣味≫:罪と罰の機械/ファイアーマン/もっと素早く、子猫ちゃん/夜明け、彼は妄想より来る/怪物癖/B1公爵夫人/グノーシス心中/ラジオ・スタァ/屍の懐剣/螺旋文書/モリナツコと暮らす/葛千夜/夜に似て月はなく/ワルツ

2.≪デウス・エクス・マキノ≫:<非−知>工場/ドギー・ダディ/電獄仏法本線毒特急じぐり326号の殺人/踊るバビロン/翁戦記/電撃海女ゴーゴー作戦/電波大戦/月世界小説/アダムの異言/インキュバス言語

 そして2の方はですね、ダストジャケットを「ハリガミ」にします。目立ちます。本の外側も作品でお得です。


「アダムの異言」(SF Japan Vol.10 2004年冬号amazon所収「The Scripture−聖典」の一部)がすごい面白くて、是非完全版を読みたいので入れました。少し前に、イアン・ワトスンの『エンベディング』というのを読んだのですが、題材はものすごいツボなんだけど、文章があまりうまくない(翻訳のせいではなく原文がそんな感じなんだと思う)のと書かれた時代状況を反映しすぎていて古くさく感じてしまったこともあって、いまひとつ乗り切れませんでした。で、アダムの異言、モチーフはこれにかなり近いですが、はっきり言って、勝ってます。まあ30年近く前の作品なんで、比べちゃワトスンが気の毒な気もしますが(笑)。

 (こそこそ……ゴソゴソ……ほほお……)
 いやー、しかし、なるほど、そうかー、それとそれがそこで、あれがそっちかあ。面白いなあ、やっぱり!

 先ほどねこちさんがディスコミュニケーションというキーワードを出してこられて、なんかもう心臓ぶち抜かれて「ねこちさん、あたしを好きにして!」状態に陥ってるんですが、わたしは牧野さんの小説の中でも、当人同士の間にはディスコミュニケーションがきちんと成立している(ってのも変な表現ですが)のに、読者から見ると、さながら「心が通じた」とか「恋愛」状態に見えてしまう小説がすごく好きなんです。たとえば「憑依奇譚」「逃げゆく物語の話」【ともに『楽園の知恵』所載】『MOUSE』の中にもあるんですが、引越しから1年近く経つのに本が全然片付いてなくて出てこないので,どれだか確認がとれません……(「ラジオ・スタァ」じゃないかなぁ) ふつーの恋愛小説って死ぬほど嫌いなんですけどね。

 「ふつー」の定義はさておき、そういえばわたしも恋愛小説って銘打たれると避けがちかも。

 他にもそういう小説を書き下ろしていただいて、一冊にまとめてほしいな、と切実に思っています。
 バベルの塔が壊されて起きたことって、通じない複数の言語の発生じゃなく、同じ言語と一応認識されているのに齟齬が生じることかな、と。人間の数だけ辞書ができちゃった不幸というか。同じ言葉からどんどん乖離していく人たちがいる世界なんかも、書いていただきたいかも。本人同士は全然通じ合ったりわかりあったりしていないのに、なぜかうまくゆく幸福な誤解の上に成立する関係――恋愛だったり、和平だったり、契約成立だったり、インフォームド・コンセントだったり――を集めていただいてもいいな。
 でも、まずは恋愛小説集。本人同士は別に愛し合ってないどころか、愛ってもののない世界の生き物かもしれないけど、でも恋愛小説集・牧野版。

 ねこちさんのような伝える技術がなくて、なんとも申し訳ない自分語りみたいになっちゃいまして、すみません。しかも長くてすみません。

 では、ねこちさん、最後に、遠い夜空に向かって、牧野さんにメッセージをお願いします。七夕の短冊みたいなつもりで、どうぞ。

 とにかくとにかく、ドコニモナイナツカシイフルサトからの電波を発信し続けてくださいませ。遠い夜空を見上げて受信します。牧野小説に特化したアンテナと復調モジュール内蔵しておりますので、ダイジョウブです。それから、いつも腰の低い牧野さん、おでこに土下座ダコができないようにご注意ください。

 またケダさんには感謝です。牧野小説について語る機会をつくっていただきましてありがとうございました。


 いやいやいや、とんでもございません。
 知らないこともいっぱい出てきてモニタの陰で赤面しつつも、ものすごく面白かったです。こちらこそありがとうございました。

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